警察庁警備部(2)

警視庁公安部公安9課は常設の課ではない。
広域での捜査や警察庁からの支援・連携を必要とする事案発生時に臨時に設置される警視庁公安部内の課組織である。
警察庁から派遣されるということで無理やり「課」として「課長席」を用意したのだろう。あくまでも臨時の「課」であるから組織図にも人事経歴にも残らない。
あくまでも出張扱いであるから直属上席者の権限で動ける。存在を知る者も限られている。それは公安という職務に都合がよい。リスクを嫌う官僚組織にとっても都合がよい。
「そんな課なんて知らない」と堂々と責任逃れが出来る。知っていても知らぬ存ぜぬの公安9課。いつしか休暇中だの謎のQ課と言われるようになった。もはや都市伝説に近い。
その警視庁公安部公安9課の課長として任命されるのが伊野であった。
警視庁の立花が伊野を課長と呼ぶの理由だ。


狙撃事件から3ヶ月も経てば、事件そのものよりも事件をとりまく動きのほうが話題になっていた。事件を自分のプラス材料にしようとする政治家と官僚が多いことか。この国の未来を託していいのだろうか。いや他の選択肢が国民にはないという現実を嘆くしかないだろうと伊野は思った。
伊野には最近気になる事件があった。子供の事故である。行方不明が判明して捜索後に死亡事故と判断される事故が多いことだ。確かに死因は事故に間違いはないだろうが、そこに至るまでが・・・なぜそこに行ったのだろうか?なぜそんな行動をしたのだろうか?
何者かに手招きされたように・・仮に手招きされたとしても・・もちろん捜査段階から調べているが、第三者の関与は見つからなかった。被害者だけにしか見えない者がいるとでも言うのだろうか。いったい何が起こっているんだ?心の中で問い続けるが、何の答えも聞こえてはこなかった。


警視庁公安部の立花は教団の監視を正式に担当しいていた。
狙撃事件を機に教団の実態が暴かれだした。マスコミも世間の目も教団を監視するようになってしまったては公安の監視になんの意味があるんだ。立花の関心はもう教団には無い。人が追いかけるものを追いかけるようなことは好きではなかった。あの研修で自分が用済みな人材と思われていると考え始めた。この教団の監視も用済み業務だ。

警察庁警備部(1)

伊野は雑踏を避けて庁舎内の休憩コーナーにいた。
「課長 ここにいましたか・・いいんですか?大騒ぎしてますよ」
「ん?立花か。総務課雑用係の俺に出番はない。それに ここでは課長ではない。
それより・・呼び出せれたのか?」
伊野に声をかけてきたのは、警視庁公安部の立花だった。
「まあ・・人事研修というやつでして・・来たのはいいけど・・研修どころじゃないみたいで・・課題の無い自習?・・放置プレー?かもですね」
この日の午前に起きた元総理の狙撃事件で警察庁内は騒然としていた。
都内各所で交通規制や検問が行われていた。事件と無関係な警視庁でさえも混乱していた。警察庁内は、そこが狙撃現場のような騒ぎになっていた。


「人事研修という謹慎処分かイエローカード?ってところじゃないですかね」
立花は自販機の黄色の微糖コーヒーのボタンを押して自虐の笑みを浮かて言った。
「なにかやったのか? 確か 教団を追っていたよな・・それで呼ばれたと思ったのだが・・このタイミングで研修とは・・」
伊野は目を閉じて缶コーヒーを口にした。いつもより苦味を感じたのは、始まりの直感だ。事件発生の知らせである。
「さすが課長 俺の行動ばれてますね。追っていたんですけど 上から、教団は内調案件だから・・と言われ手を引けと。それで研修送りですから・・。」
立花は黄色の缶コーヒーを自販機から取り出してイエローカードのポーズをした。
「ほう・・内閣調査庁案件・・言ってもきかない立花のことだから研修で缶詰にした・・よほど邪魔されたくなかったようだな」
普段から無表情な伊野であったが、この時ばかりは、ひと口飲み込んだコーヒーの苦味が沁みた顔をした。
「で 教団関連の情報は、内庁に引き継ぐか記録からすべて削除しろとの指示でしたが
他部署に情報なんて引き継げやしないし削除なんてできるもんじゃない。」
立花は愚痴って言った。立花には、伊野に対して愚痴れるほどの信頼関係があった。
「出来ないと知っていて指示をするということは、後々の責任回避か。
上からの指示でどうにもならん案件だと言っているのか。」
伊野は立花の目を見て言った。それはもうどうにもならぬ案件だろうと。
「教団を探られたくないという目的のようで・・実は・・狙撃を邪魔されたくなかった?
撃たれたのは、元総理・・・狙撃犯側にいるのは、内調・・内閣・・現総理?」
伊野は、将棋の駒を一手一手進めるかのように考えを整理した。そして天井の一点を見つめ大きく息を吐いた。コーヒーの香りが微かに広がったが、同時に黒い霧のような何かをを吐き出した気がした。


事件発生直後は慌しかった庁内だったが、警備は当該県警がすべて行っており警察庁の責任問題にはならないとわかったとたん平静が戻った。ようするに自分の保身にうごめいていただけのことである。今はもう県警の責任をどうするか?といったひそひそ話があちこちで始まっていた。本部長の異動もあり得る事案に席取りゲームが始まったのだ。
伊野は本庁に関わりが一切ないと把握していたので、雑踏を避け缶コーヒーを飲みに来ただけのこと。保身も出世も伊野には全く興味が無かった。
「公安も大きな異動があるかもしれないな。」
伊野が立花の顔を見て言った。
「課長・・警視庁公安部へようこそ!」
立花は笑いながら言った。
冗談で言ったけれど伊野に警視庁公安部に来て欲しいとの本音でもあった。
「それは左遷ということか?俺とお前で席換えという方法もあるなあ・・」
伊野は珍しく笑顔で言った。それは100%笑い話に過ぎないということだ。
「ちょっ待ってくださいよ。それは勘弁してください。官僚組織の中で生きていけないっすよ。それで時々、警視庁公安部公安9課に特別出張ですか?・・・無理無理無理」
立花は散歩を拒否する犬のように首をすくめてから横に大きく振った。

ヤ〇バイトかな?

植林 伐採・・・山バイトやん